個性に気づき、認め合う

どうもどうも 

「ザ・ライフ・コーチャー えるびす」こと、みうらまさるです。 


よくある話ですが 

例えば、橋を造るのに 

その目的を知って作業する人と 

知らないで作業する人では 

大きく違う 

というものがあります。 


 まぁその違いをどこに 

見るかによっても変わってくる話ですが 

目的を知っていれば

より良いものを造るために 

工夫したり努力したりということをし 

知らなければただ作業として 

自分の仕事を行うだけだろう 

ということでしょう。 


目的を知ることで手段を講じることができる。 

それにより、より良いものが造れる

といったところでしょうか。 


確かに何造っているか 

知らないより知っている方がいいけれど 

むしろ知らないでちゃんと造る方が 

ある意味高度かも知れません(笑) 


じゃあ知っている人ばかりが集まれば

素敵なものができるかというと… 

できるかもしれませんが 

僕の想像では 

その現場は知っているがゆえの情熱で

それはそれで 

大変暑苦しいのではないかと(笑) 


それでもその中でまた 

役割分担ができてくるんですよね 

自然と。 


何も知らずに黙々と作業をする人が 

必要ないか?といえば 

決してそんなことはありません。 

むしろ必要ではないかと。

 

「適材適所」という 言葉がありますが 

もともとは木造建築を行う上で 

様々な木材をその適性に合わせて 

理にかなった使い分けをしたことから

生まれた言葉だそうです。 


知ることで情熱を持って仕事ができる人。 

知らなくても仕事に打ち込むことができる人。 

知ってるけども自分のフィールドを定め 

ひたすらそこに打ち込む人。 


出世だけが生きる道の人 

趣味や遊びのために仕事をしてる人 

仕事自体が趣味の人 

食べるために必死で仕事してる人 

家族のために頑張っている人 

周りが働いてるから

なんとなく自分も働いてる人 etc… 


人それぞれのスタンスがあるからこそ 

それぞれの人が 

それぞれに活躍できるのです。 


自分のやり方考え方だけが正しいと 

他人に押し付けるのは 

決して正しいはずもなく 


どうせ自分はこれしかできないからと

イジけを決め込んで

仕事するのも違います。 


自分のやり方考え方が正しいと思っているなら 

黙って自分がそれをやればいい。 

他人に押し付ける必要はないのです。 

自分と違うやり方の人がいるからこそ 

自分のやり方が生きてくることに気づくこと。 


同じ考え方の人がたくさんいれば 

もうあなたの存在は必要がないのと同じ。

「アノ上司は使えない」ではなく

その上司と働いているからこそ

あなたが生きてくるのです。


どうせ自分はこれしかできないと 

イジける必要は全くない。 

むしろそれしかできない

あなたがいるから 

他の人にとって

活躍できる場が与えられるのです。 


みんなが同じことを考え 

同じことをやれば 

それはそれは仕事として 

すごく楽で仕方がないけど 

それならロボットでいいもんね。 


みんなで一致して

一つのものを目指して

それが達成されるエクスタシーは

確かにあるけれど

でもそれは

みんなが一人一人

違う人という前提があってこそ。


まずは自分の個性に気づき、 

そして自分がそれを受け入れ 

次にお互いが

お互いの個性を受け入れ 

違いを認め合って 

協力しあう。 


今まで以上に 

これからもっと 

そういう社会に

なっていくのではないかなぁ

と思ったのでした。 



ではでは。



個性に気付く、ゆるしのレッスン。

0コメント

  • 1000 / 1000

May the Force&Ego be with you.

~えるびす的エゴとの向き合い方 エゴとゆるしとフォースとエゴと~